アダルトチルドレン相談室

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境界性パーソナリティ障害

見捨てられ不安

 境界性パーソナリティ障害の人は、相手の事情に関係なく自分の信頼する人にすがりつきます。その根底にあるのは見捨てられ不安です。誰でも見捨てられるのはいやですが、境界性パーソナリティ障害の人は極端です。なので、敏感にアンテナをはり、相手にまったくそのつもりがなくても、「見捨てられる」兆候をキャッチします。

境界性パーソナリティ障害の人にとって見捨てられるというのは、次のようなパターンになります。
1.見捨てられたと感じる
2.自分の人格や存在が全て否定された
3.人生の全てを失った
4.私には存在する価値がない
このように極端な考え方をしてしまうのが境界性パーソナリティ障害の特徴です。

 境界性パーソナリティ障害の人が見捨てられたと感じるのは本当に些細なことが原因だったりします。恋人が違う異性を見てた、友人が「帰る」と言った、自分と違う意見を家族・恋人・友人が言った、というような些細なことです。境界性パーソナリティ障害の人は常に自分は見捨てられるのではないかと思っているため過度に反応してしまうのです。
 またそういうときに、怒る、泣く、哀願する、過呼吸になる、倒れる、パニックになる、死にたくなるなどの行動にでます。それは、全て自分を見捨てないでというメッセージなのです。

 信頼できる友人がいないというのも特徴のひとつです。孤独というのは誰にとってもストレスになりやすいですが、境界性パーソナリティ障害の人にとっては見捨てられたというのと同義です。なので、スケジュールがうまっていないことに不安を覚えたりします。一人でいるのが怖いので、とにかく誰かと会う予定を入れてスケジュールを埋めることで安心感を得ようとします。また、見捨てられたくないという気持ちから、相手を疑ってしまい自分を見捨てないか確かめてしまうことで、相手に嫌がられて疎遠になってしまうという悪循環を人間関係の中で繰り返します。そういう思いをすることで、ますます見捨てられることに敏感になっていくのです。そして、人から見捨てられたという感覚は、社会全体から見捨てられたという感覚になります。実際に見捨てられていることはなくても、本人はそのように感じてしまい、生きづらさを感じています。

 恋愛においては全てを自分に捧げて欲しいという非現実的な欲求を持っています。はじめのうちは恋人も自分は頼られているという気持ちになって、うれしくてその要求に答えようと努力します。ですが、どんなに要求に答えようと境界性パーソナリティ障害の人が満足することはなく、どんどん要求はエスカレートしていきます。そして、恋人がついに要求に答えられなくなると自分は見捨てられたというように感じてしまいます。

 他にも境界性パーソナリティ障害の人は感情が不安定だということがあげられます。理由もなくイライラして誰かにあたったり、怒りはじめたりします。そういう感情のコントロールが出来ないのです。しかも、その感情は数時間で変わります。穏やかに過ごしていても、急に不安や焦燥感に襲われて、人に当り散らしますが、嵐のような感情がおさまると、すごく反省して相手に謝ったりします。根本に見捨てられ不安があるので、常に落ち着かずにくつろぐことが出来ず、居場所を見つけることも難しいのです。また、他人に攻撃しているときは常に自分は悪くないという主張をして、問題は相手にあると非難します。
 感情が不安定なときには不安や恐怖に襲われることもあります。そういうときには、その感情に耐え切れずリストカット、大量服薬、過食、性的逸脱、暴力などの衝動的な行動にでたりもします。

 

自分がどういう人間なのかわからない

 境界性パーソナリティ障害の人は、自分がどういう人間かわからないことが多いです。自分がない、もしくは良い自分と悪い自分がいて、どちらが本当の自分なのかわからい、または周囲にあわせているだけなど、自分が何ものなのかということがよくわかっていません。
 ただ、対人関係でトラブルを起こしやすいため自分は悪い人間だと思っていることが多く、それが原因で他者から見捨てられるのではないかという不安が強くなります。
 価値観も安定していないので、仕事を突然やめて今までとは関係のない仕事に就いたり、趣味や友人が変わることもあります。

 大人と青年との境界があいまいで、早くから社会に出たがる傾向があります。安易に水商売についたり、国際機関で働きたい、研究職に就きたいなどと高望みをする傾向にもあります。都会や海外へ行きたいというのは、親元から離れたいという気持ちの現れもあると思います。
 しかし、うまくいかないときに心の根底にある無力感が表面に出てきてすぐに挫折し、社会から見捨てられたと感じます。その結果ひきこもる場合もあります。

 見捨てられ不安のところでも述べましたが、境界性パーソナリティ障害の人は感情が不安定になりやすいです。なので、最高の気分でいるのかと思っていると、すぐに最悪の気分に落ち込んだりします。そのように気分が簡単に変わってしまう自分のことはあまり好きではありません。対人関係でも、ある人を理想的な人だと評価していたのに、突然最悪な人だというように評価がかわります。そういうふうに変わるのはやはり見捨てられたと感じることが原因です。

 薬やセックスに依存したり、過食を行うなど自己破壊的な行為を行うことが多いのですが、そういうことを決して良いことだと思ってやっているわけではありません。まともな生活もできていないし、社会的な評価も低い、友人もいない、恋人も出来ない、自分は価値のない人間だと思い込んでいます。自尊心がかなり低くなっているのです。そして、どうすれば出来る大人になれるのかわからずに苦しんでいます。

 虚無感に悩む人たちもいます。誰と付き合っても裏切られたり、何をやっても長続きしなかったりするため、満足感が得られずに生きている充実感を感じることができません。自分が何ものかわからないという気持ちや、自己否定感、見捨てられ不安から自分にも人生にも空しさを感じています。何が足りないのかがわからないのですが、なにかが欲しいと思っています。
 感情をコントロールしないといけないという意思を持つ人たちは、こうした気持ちを抑えるため甘えも表に出しませんが、そのぶん虚無感が強く自覚されているのです。こういう人は、常に自分を見つめているので、心の動きに敏感です。
 虚無感や孤独感、寂しさなどは根が深く、人や物では簡単に埋めることができません。自己否定感や絶望感から、衝動的に自傷行為や自殺に走ることもあります。

 

人間関係

 自分自身が空っぽで頼りなく、いつも寂しさをかかえているため、自分を支えてくれる人を常に求めています。愛情飢餓に応えてくれる恋人に巡りあったら、気分は最高になりますが、当然相手が応えてくれる間だけです。応えてくれないときは一気に死にたくなったりします。
 また誰かに頼りたい気持ちから、早く結婚する場合もあります。結婚することで一人前の大人になれるという思いもあるようです。しかし、恋愛も結婚も長続きしない場合が多いです。

 親子関係ではたいてい親のことが大嫌いだったり、親のことが大好きだけど大嫌いだったりします。境界性パーソナリティ障害の人は、親の育て方によって今の自分がつくられたから親が悪いと思っています。幼児期に寂しい思いをしたことや、頼ることができなかったと言うことがよくあります。

 

発症の背景

 未熟な自我のまま進学・就職し、異性問題や仕事上の問題が出てきたとき、過去のトラウマが前面に出てきて、発症することが多いです。恋愛と仕事など人間関係の能力を必要とする場面でうまく関係を築けずに発症してしまうようです。
 原因としてはいろいろと考えられます。社会的な経験が足りずに精神的に成長しきれていない状態で社会に出てしまい、一人で対処できなくなってしまったり、親に見捨てられたという経験、いじめ、仲間体験の不足などがあります。
 親に見捨てられたという経験は、たいていの場合、親が子供に対して無関心か過干渉の場合であることが多いようです。無関心の場合は、仕事、病気、夫婦の不仲など母親が問題を抱えていて子供への関心が薄くなっていることがあり、過干渉の場合は、教育熱心で、良心的で真面目な人が多く、母親は見捨てたとはまったく思っていないが、理想の子供像しか見ておらず、本当の子供の姿を見ていないため、子供は十分な愛情や保護を母親から受け取ることが出来ていません。
 いじめの体験は、みんなに無視されたり嫌がらせをされたりする体験から、見捨てられ不安につながったり、人間不信になったりすることが多いです。また、いじめらる子の家庭は両親が不仲だったりして上手くいっていない家庭が多いため親にも頼ることができません。そういう点でも孤独感を募らせる一因にはなります。
 仲間体験の不足は、社会環境が大きく変わり、子供が家にこもって一人で遊ぶことが容易になってしまったため、徒党を組み、試行錯誤しながら人間関係を築くことが少なくなったことで大人になっても対人関係を築けなくなってきました。

 

境界性パーソナリティ障害の回復

 感情や行動の不安定さは、人間関係の捉え方の不安定さからきていることに気付くことから回復が始まります。境界性パーソナリティ障害は人間関係の障害です。現実的な人間関係の場面で自信がなく、自分がどう評価されているのかとても気になってしまいますし、見捨てられたのではないかと不安になりやすいのです。その不安から回復できずに、部分的対象関係を持った幼児の状態に戻ってしまうのです。部分的対象関係というのは、例えば優しい母親と怒る母親を別の人物として扱ってしまうことです。良い部分と悪い部分を持っている一人の人間として認識することができていません。優しい母親だけを対象にしている場合は、信頼し依存して見捨てられないようにすがりつきます。怒る母親だけを対象にしている場合は、自分を裏切った人間だと罵倒し、激しい怒りとともに母親に責めたてます。もちろん、こういった人間関係は母親だけに限りません。
 境界性パーソナリティ障害の人は、このような部分対象関係を持った幼児の状態のときもありますが、大人の人格も持っています。なので、現実的な問題を明らかにし、どのように対応していけば良いのか大人の部分で解決していくことで、幼児の状態を減らしていきます。以下に回復のステップを述べていきます。

ステップ1.自分の極端さに気付く
 白か黒、良いか悪いといったall or nothingの考え方を持っています。他者に対して、良い人間か悪い人間か二者択一の判断をくだします。実際にはグレーもありますし、人は良い面も悪い面も持っているのが普通です。ですが、それを受け入れることができません。なので、まずはこのような極端な考え方をするタイプなのだと気付く必要があります。

ステップ2.他者に解決を求めていた
 「誰々が悪い」とか「誰々のせいだ」というようによく責任を他者に押し付けます。ですが、その言葉の裏には「だから、なんとかして助けて」という意味があります。でも、他の人が何とか解決しようとしてくれる内容にも満足ができません。いつまでも相手を責め続ける事になります。なので、自分で解決していく必要があるという認識をもつ必要があります。心がついていかなくても、まずは頭で理解してください。

ステップ3.他者には他者の事情がある
 自分の思い通りに動いてくれないからといって責めるのは自分勝手だと理解します。誠実な人でも、その人の事情があり自分の都合に合わせていつでも付き合ってくれるわけではないのです。例え、自分の要求通りに動いてくれなかったとしても、それは自分を見捨てたわけではないとだんだん理解できるようになってきます。

ステップ4.他者に頼るのは確実ではない
 頼った相手が突然いなくなる可能性はあります。また、自分だけを見てくれるわけでもありません。自分ではないものは、自分の思い通りにはなりません。他者に頼ろうとしている限り、確実さや安定は望めないのです。この段階でも、まだ自分が頼りになるとは思えていないかもしれませんが、他人に過度に頼るのは不安や失望のもとになることを理解してください。もちろん、適度に人に頼るのは悪くありません。

ステップ5.自分で解決するしかない
 問題は自分の中にあります。他人が何とかしてくれるわけではありません。どうしてほしいかという他力本願の考え方ではなく、どうしたいのかという自分主体の考え方を行うようにしていきます。どうしたいのか、どうなりたいのかというのは自分がもっともわかっているはずです。誰かに依存するのではなく、適度な距離を取るようにします。相手には相手の生活があるのだということを理解して、思いやることが大切なのです。そうすることで互いに尊重しあい、長く付き合うことができるようになります。

 最後に、回復への道程はとても長いです。一歩ずつ前へ進んでいくしかありません。今の苦しさを一生抱えて生きるよりも、少しずつでも回復して楽に生きて行けるようになっていただきたいです。